アウトドアのレジェンド ― 2026年03月15日
先週、太宰治の生家など見てきたんですが、その勢いが止まらず、今週もにかほ市の偉人
白瀬矗氏の偉業を称えるべく、記念館に行ってきました。
過去に、このブログでもレポしたことあるんですが、今回ネタなしのた・・、いや、改めてお金を払って訪問した次第です(前回は、何かの理由で無料だった)。
その前になんですが、最近、入道崎や津軽旅などいろんなところに行ったのよ。このブログお休みした時も酒田の方に車で行ったりしてたんです。だから、毎週ガソリン入れてる。僕の車、ガソリン一度入れると50~55リットル入るのでガソリン代がすごいのです。それに加えてこのガソリン価格の高騰。今週はあまり遠くに行かないようにしようということで、昨日土曜日は由利本荘市の町中をぶらぶら散歩してたんです。特に面白いことがなかったんですが、地域交流センターカダーレの駐車場のところに桜の木が並んで植えてある。その中の一本だけ花が咲いてたのよ。
ほかの木はつぼみが大きくなっているくらいなんだけど。
これって何の木?恥ずかしながら僕は詳しくないのでよくわからない。桜?梅?
そんなこともあって、今回の目的地、白瀬南極探検記念館の近くにある公園と少し歩いた勢至公園も散歩がてら回ってみた。
まずは勢至公園。
ここは、秋田県でも一番最初に桜の花が咲くので有名なんですが、いっぱいある桜の木はつぼみは膨らんでいる程度。しかし、ここにも1本だけ花が咲いている木を発見。
まあ、春が近いということで、いいことです。
風は冷たいんだけど、青空が気持ちいい。
戻ってきて、記念館のところの公園。
で、改めて白瀬南極探検記念館に訪問。
中はこんな感じ。
白瀬矗中尉。日本人で初めて南極を探検した人です。
ある意味、アウトドアのレジェンドでしょ。
南極でテント泊しちゃうんだから。
南極でこのテントと防寒具はやばいでしょ。
寝袋?
なんだかんだ楽しかった。
4月になればこちらのキャンプ場もオープンし始めます。
早速、キャンプに行きたいなぁー。
準備を始めましょう。
へばな。
北へ ~津軽旅~ ― 2026年03月07日
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ」
-太宰治 『津軽』本編 冒頭より
-ワイ(風力2)の場合
「ね、なぜ旅に出るの?」
「いやぁ、別に。なんか暇だし・・。
家にいると猫に嚙まれるし・・・。」
・・うーん、恥の多い生涯を送っています。
ということで、「死ぬまでにしたい3,776のこと」の1つである、“龍飛崎に立つ”を実践してまいりました。
行くとなったら我慢できない。金曜日、会社が終わって、夕ご飯たべて、お風呂に入ったら早速出発です。
夜に出歩くの大好き。
下道をトコトコと走り、道の駅十三湖高原で仮眠します。
急ぐのはもう一つ訳があって、本日天気が荒れる予報なのです。10時くらいまではなんとか持ちそうなので、それまでに龍飛崎を堪能したい。
なかなか、眠れず。早めに起きてもう一走り。
青森はまだまだ雪がいっぱいありました。
目的地の龍飛崎が近づいてくると、風景が最高。
こんなとこ走ったり
こんなのあったり
僕の大好きな漁村、漁港が延々続いてる。最高にいい雰囲気。趣味の漁村・漁港写真が増えました。
そして、到着。
龍飛崎。
太宰治が『津軽』で「ここは本州の極地である。この部落を過ぎて路はない。あとは海に転げ落ちるばかりだ。」と言わしめた場所。
海の向こうには雲の隙間から北海道が見える。
天気はなんとか大丈夫だったが風が強い。
”風の岬”はよく言ったものだ。
噂に聞いてた爆音の歌碑。確かに爆音でした。うれしくてインスタにあげた。
ずっと来たかった龍飛。満足しました。
階段国道 339号(日本で唯一車が走れない国道)
帰り道。いろいろ寄り道。
なんだかあった、義経寺。源義経伝説と関係あるのかな?
急な階段を登ったところにあります。
そういえば、天気。風が強くて雨がバーっと振ったりしていたんですが、竜飛岬も義経寺も僕が車から降りるとパッと止んで陽が差してきて、車に戻るとバラバラと雨が降ってくるという不思議な体験をしました。きっとオイラ津軽に愛されているんだと思われます。
十三湖。
「人に捨てられた孤独の水たまりである。流れる雲も飛ぶ鳥の影も、この湖の面には写らぬというような感じだ」と『津軽』に記されている。
太宰治の生家。今は「斜陽館」として公開されています。
太宰治は「この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである。」と言ったが、ほんとにでかい。しかし、風情がないわけはなく、ものすごく豪華なお屋敷でした。
こんな家に生まれれば、まさしく人生の勝ち組。親ガチャ大成功なのに。
ビデオを見ながら、リンゴ風味の紅茶をいただく。
優雅な時間でした。
海側に出てもう少し寄り道して帰りましょう。
きくや商店。
”わさお”がいたお店ね。

焼きイカうまかった。
千畳敷。
そして、最後の訪問地。
不老ふ死温泉。
残念ながら、天気が超荒れていて海辺の露天風呂には入れませんでした。
しかし、少しは不老不死に近づいたかも。30000年くらいは生きられるか?
1,000年以上生きたら、断頭台のアウラにこう言ってやりたい。
「アウラ、お前の前にいるのは1,000年以上何もなさず、無駄にダラダラと生きたクソ人間だ。」
うーん、人間失格。
まあ、こんな感じで今回の津軽の旅は終わりです。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。
最後に太宰治『津軽』の最後より。
「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」
へばな。
雪ですねー ― 2026年01月25日
雪がすごいですね。
僕の住む由利本荘市の海側はひどいという感じではないんですが、ずーっと風が強い。吹雪いてる感じです。
そのため、僕の誕生日、土曜日は朝から雪よせ。
次男からのプレゼント、大好きなワイルドターキー。
今日、日曜日もふぶいたり、一瞬青空が見えたり変な天気でした。
暇なので、ちょっとだけぶらぶらと出かけたんですが、なんとなく、亀田城のある天鷺村に行ってきました。
ここ亀田藩は真田幸村ともゆかりがあるらしい。
晴れたり、一瞬で吹雪いたり目まぐるしい天気です。
ほんとの城は亀田城らしく、ほんのちょっと離れたところにあります。
ここ、天鷺村はちょっとした資料館みたいなのがあります。無料です。
初めて来たけど、面白かった。
天気が荒れていたせいか、完ソロでした。
へばな。
いつもの暇な一日 ― 2026年01月18日
冬になって、何もやることがない。
雪よせしなくていいのがラッキーなんだけど、何もない日もちょっと困ったものです。
土曜日は、いただいた贈答品の中に入っていた、海苔の佃煮の瓶がいい感じだったので、瓶キャンドルを作りました。
おしゃれキャンドルを諦めれば簡単。
100均のキャンドルをカッターナイフでバラバラにして
瓶に詰め
湯煎して作ります。
凝ったことをしなければ、大丈夫、僕でも作れる。
キャンプに行きたくなりました。
今日も特に用事なしだったんですが、なんだかカレーがどうしても食べたくなり
(由利牛カレー)
その勢いで、フォレスタ鳥海に温泉に入りにドライブ。
雪景色のドライブもよし。
相変わらず、雪の中の露天風呂、完ソロいただきました。
はぁー天国・・なんて思っていたら、急に長男からHELPが。
急いで帰り、孫のおもりで3時間ほど全力おままごと。
めっちゃ疲れた。
もう寝る。
へばな。
あけましておめでとうございます ― 2026年01月04日
あけましておめでとうございます。
年末年始、いつもと変わらず、実家に帰っておりました。
静岡、あったかかった。暑いくらい。
天気も良くていい日々でした。
まあ、いつもと変わらず特別なことはありませんでした。
なので、写真も変わらずです。
行くときは雪がひどかった。
上越まで下道で行き、上越から高速に乗りました。
PAで仮眠。山梨はいい天気。
今回は朝そば。
実家に到着です。
駿河湾のキラキラがまぶしい。
地元は田子の浦。
富士山もきれいよ。
実家のこといろいろやる合間にちょっとドライブ。
いつもの洪庵キャンプ場のわくわく坂からの
湖畔サイト。ちょっと風が強い。
そして、大好きだったドラマ ホットスポットの聖地巡礼。
富士山もきれいに出ている日が多かった。
30日は富士山女子駅伝の応援。
実家にいたときは毎日地元の海岸でウォーキングを頑張りました。
うまく色が出ていないけど、かるーく赤富士。
初日の出。
夜の田子の浦港
のんびりした日々を過ごしました。
清水港に「地球深部探査船 ちきゅう」を見に行ったんですが、今は接岸している埠頭に入れませんでした。昔は普通に入れたのに。
このちきゅう、1月11日から南鳥島沖で水深約6,000mの海底からレアアースを採掘するという、日本の未来を背負った一大プロジェクトが待っているのです。
応援に行ったけどダメでした。残念。
そんなこんなで秋田に帰ってきたら、
思いっきり雪景色でした。
さむい。
今年は、ストッパーを外して、若い頃のようにハイテンションで過ごそうと思っています。人生何が起きるかわからない。なので、楽しんだもん勝ち。
ストッパーの外れた暴走機関車とは行かないまでも、ストッパーの外れた暴走乳母車くらいで、軽やかに人様に迷惑をかけない程度に暴れていこうと思います。
今年もよろしくお願いします。
へばな。








































































































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